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名古屋高等裁判所 昭和56年(ネ)545号 判決 1984年9月26日

控訴人

杉野弘光

控訴人

杉野和弘

控訴人

杉野弘枝

右控訴人杉野和弘、同弘枝法定代理人親権者父

杉野弘光

右控訴人三名訴訟代理人

寺澤弘

吉見秀文

正村俊記

被控訴人

尾張旭市

右代表者市長

松原定治

右訴訟代理人

富島照男

小島隆治

安井信久

中山信義

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一杉野香織は昭和四七年一二月一六日生まれの女子であり、昭和五四年七月二日現在尾張旭市立白鳳小学校一年に在学し、同市教育委員会指定の通学路を通つて登下校していたこと、同小学校は同日午後一時過ぎ豪雨の気配から掃除当番でない一年生に対し早く帰宅するよう指示し、香織はその指示に従つて右通学路を帰宅し始めたこと、そして香織は同日午後一時五〇分少し前ころ、降雨中を同市印場元町北山の東名高速道路東の、右通学路と同所を南北に通じる一一路との交差点にさしかかつたが、同所付近は北東が高く、南西が低い地形であり、また右通学学路はアスファルト簡易舗装であつたが、一一路線は砂利道であつたこと、また一一路線の西側端に沿つて北から南へ流れる幅員、深さともに六〇センチメートルの側溝が設けられ、通学路と交差する部分は暗渠となつていたこと、香織は通学路を交差点に向つて西進していたが、通学路が交差点直前から左ヘカーブし、交差点を終るあたりから右にカーブする変則交差となつていたため、文字通り直進すれば本件側溝北側部分にぶつかり側溝に落ちてしまう地形となつていたこと、しかも当時本件側溝北側にかぶせられていたコンクリート製蓋(縦七四センチメートル、横六〇センチメートル、厚さ一三センチメートル)一枚が側溝内に落下しており、交差点内の路面は冠水していたこと、香織は本件側溝南側付近に転落し同日午後一時五〇分ころ溺死したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二そこで香織の本件側溝転落の原因につき判断する。

1  蓋の落下による水のふき上げについて

本件側溝北側の蓋が一枚側溝内に落下していた事実は前記のとおりであるが、<証拠>によると、蓋の厚さの部分が水流に対面していてその分の水流が妨げられ、一部が側溝外にあふれたものであることが認められる。従つて蓋によつて側溝の水流全体が自然の流下を妨げられたとか、蓋の落下によつて水圧がかかり、水が上方に吹き上げられるという形になつていたものではないことが明らかである。従つて控訴人らが主張するように、子供が恐怖心を抱く程に水が吹き上げ、すさまじい光景を呈していたとまで認めるに足りる証拠はないというべきである。

2  路面の冠水状況について

<証拠>を総合すると、同小学校は同日午後一時すぎに児童に傘を持たせ、早く帰宅するよう指示したが、一時一五分ごろから雨足が急に強くなつたので、教頭がマイクで帰りかけている児童に学校へ引返すよう呼びかけたが、香織ら数名にはこの声は聞えなかつたこと、雨は一時二〇分ころから雷を伴つた強い雨となり午後二時過ぎまで続いたところ、午後一時五分から二時五分までの一時間の降水量が最大で、名古屋市千種区日和町にある名古屋地方気象台の地点で33.5ミリメートルと観測されたこと、そのころ一年岩本憲司の母厚子は、子供を迎えに行くため本件事故現場を通つたが、路面は冠水していなかつたこと、厚子は学校へ着く途中で下校中の憲司と香繊に会い、折返し帰途についたが、その間同級生二名が、憲司、香織らを追い越して小走しりに帰宅して行つたこと、激しい雨と雷鳴のため厚子は憲司とともに必死の思いで先を急ぎ、香織は一人残されて本件通学路を家に向つて進んでいたこと、厚子らが本件交差点を通過した際、同部分の路面は冠水していたところ、同女は踵の高いサンダルをはいていたため、それを脱いで素足で歩いたが、水は足の甲までの深さで、一部は北から南側側溝開口部に向つて、一部は東南角の墓地方向に向つて流れていたこと、児童はズック靴をはいて登下校していたが、右路面の流水は児童にとつて流されるという感じの流量ではなかつたこと、香織らと共に雨中を本件交差点を通つて下校した児童で事故に遭つた者は、香織以外にはなかつたこと、午後三時ごろには側溝の水は殆んど引き水深一〇センチメートル位になつたことが認められ、同認定に抵触する<証拠>は採用できない。

右認定事実によると、本件交差点内の冠水はせいぜい六〜七センチメートル程度であつて、それ程深いものではないからそれが濁水であつたとしても本件通学路と一一路線の交差状況や側溝の存在或いは後記認定の約二〇センチメートルのアスファルト段差など道路構造を覆い隠す程のものであつたと認めることはできず、いわんや、その水流が歩行中の児童の足をさらつて転倒させる程に強いものであつたと認めることはできない。

3  アスファルト舗装その他の状況について

<証拠>を総合すると、本件交差点内の通学路アスファルト舗装南縁は約二〇〜二一センチメートルの厚みがあり、縁端は末端より約五〇センチメートル手前から丸みをもたせてカマボコ面状に仕上げられていること、本件側溝南側にはコンクリート蓋一枚が布設され、アスファルト舗装は右蓋の一部にまで及んでいた(蓋が右舗装の下にもぐり込んでいる状態)が、アスファルト舗装縁端部、コンクリート蓋部分には草は生えておらず、更に南の開口部両岸に雑草が生い茂つていたこと、アスファルト舗装の南側は一一路線の砂利道に続いているが歩行に障害となるような石などはなかつたことが認められる。なお右甲第一四号証に写つているコンクリート蓋の上の小木片状のものがアスファルト舗装の下になつて固定されているものか、たまたま出水により流れて来たものか判然としない。

右認定によると、本件通学路は路面を歩行している限り、たとえ小走りに歩いたとしても歩行の支障となるものはなかつたというべきであり、右通常の利用形態であれば、かりに足が縁端部にかかつたり、片足が舗装面、一方が非舗装面と着地に段差を生じても、せいぜいよろめく程度であつて転倒するといつた事態が発生する程のものではなかつたと認めるのが相当である。

4  変則交差について

<証拠>によると、本件交差点の変則交差の形態は別紙図面のとおりであり、交差点入口から転落場所まで約一七メートル、暗渠付近の通学路の幅員は路面で約四メートルであると認めることができる。従つて通学路を交差点直前から西進すると本件側溝北側にぶつかる形となるが、そのため、かりに交差点内でやや南に向を変えそれが南に寄り過ぎたとしても、<証拠>を総合すると、交差点の西側には東名高速道路のコンクリート構造体がそびえ、本件側溝南側開口部の対岸(西岸)は高速道路の法面となつており、同部分一帯に灌木が生い茂つている状況であることが認められるから、かりに本件側溝南側開口部付近が濁流のため見境いがつかなくなつていたとしても、視線を上げればその先は東名高速道路の木の茂つた法面があるのみで通学路はなく、本件通学路は別の方向であることが一目瞭然であつたというべく、従つて前方を見ながら進行する限り通学路を誤認して側溝に転落するといつた状況ではなかつたことが明らかである。

5  転落の原因・態様について

以上1ないし4認定事実によると、香織の転落の原因として考えられる、北側側溝から水がふき上げていたため恐怖のあまり南側側溝に近づき過ぎて転落した、又は路面の濁流に押し流されたり足をとられたりして転倒・転落した或いは路面にあつた石などの障害物につまづき転倒・転落したとの推論はいずれも否定され、結局右認定事実を総合すると、香織は豪雨と雷鳴におびえ、一人歩きの不安も加わつて、家路を急ぐあまり、本件交差点内を前方や路面の状況をよく見ず、多分傘で顔を覆うようにして疾走したため、方向を誤つて直接本件側溝南側開口部付近に突入してしまつたか、或いは右の如き通行方法をとつていたため、その直前のアスファルト舗装縁端部付近で足をふみはずし、バランスを崩して転倒し、その勢いで本件側溝内へ転落して行つたものと推定せざるを得ないというべきである。そして、右縁端部付近でバランスを崩して転倒・転落するに至つたのは、通常の歩行ではなく特殊事態のもとで一目散に疾走していたことが重要な条件になつていたと認めるのが相当であり、通常の歩行または小走り程度であつたならば結果は異なつていたと考えられるのである。

三本件通学路及び一一路線の管理者について

一一路線は尾張旭市長によつて路線認定され、公示のうえ道路台帳に記載された道路法上の「市町村道」に当るが、本件通学路は同市長によつて路線認定された道路ではないこと、しかしいずれも被控訴人の管理にかかるものであることは当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によると、本件通学路は路線の一端が公道に接続せず、しかも路線の一部に私有地が含まれているなどの理由から市道として認定されていないが、道路の形態を有し、一般の通行に供されていることが認められるから、一部に私有地を含むものの、右通学路は全体として真接公の目的に供されている有体物であつて、国家賠償法第二条第一項所定の「公の営造物」に当ると解するのが相当である。

四本件通学路及び一一路線の設置または管理の瑕疵について

1  営造物の設置または管理の瑕疵とは、当該営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態を指すと解するのが相当であるところ、それは具体的な事故と因果関係ある限度において判断するをもつて足るというべきであるから、前認定にかかる香織の転落原因との関係で右道路が通常有すべき安全性を欠いていたか否かを以下検討する。

2  まず本件各道路の設置の瑕疵について判断するに前記一及び二認定事実によると、本件交差点付近は歩行者が前方を見ながら路面上を小走り程度を含む通常の歩行をする限り特に危険な個所はなく、それが小学校一年の児童であつても同様であり、同部分について設計上或いは構造上の欠陥はなかつたと認めるのが相当である。

控訴人らは側溝の容積不足を主張するが、<証拠>を総合すると、本件交差点内の路面が冠水したことは事故前二・三年間には一度もなかつたことが認められ、それ以前において冠水のあつた事実を認めさせる証拠はない。<証拠>は名古屋市千種区日和町における観測結果を記載したものであり本件事故地点におけるものとして採用することはできない。本件事故当時の冠水は予想外の集中豪雨によるものというべく、水深六〜七センチメートル程度で二時間後には解消している点に照らせば一時的なものというべく、側溝の容積について設計上の欠陥があつたということはできない。また控訴人らは本件通学路アスファルト舗装縁端部分の仕上げが不良である旨主張する。そして右縁端部は路面に接続し、路面舗装部分を保護するものであるから路肩に相当するところ、<証拠>によると、右は被控訴人が業者に施工させたものであるが、縁端部分を直角または直線傾斜とせず丸みをもたせて仕上げることは縁端処理の方法として一般に採用されている工法であつて特に免険であるとは考えられてしないことが認められる。その他控訴人らは右各道路は道路法、道路構造令所定の基準に達していない旨主張するが、本件通学路は道路法上の道路でないから、同法令の適用はなく、一一路線については同法令抵触の事実を認めさせる証拠はない。控訴人らの主張はいずれも理由がない。

3 次に管理状況につき判断するに、<証拠>を総合すると、本件通学路は、白鳳小学校が昭和四六年二月四日の愛知県教育長通達に基づき、P・T・A委員と協議して選択決定し同年一〇月同教育委員会に届出たものであるが、それ以来毎年定期的に学校とP・T・Aがそれぞれ同通学路の見直し、点検をしてきたが変更の要なしとして維持されてきたものであること、なお被控訴人は学校やP・T・Aからの道路整備要望に対しては一〇〇パーセントに近い程度に応えて来たが、本件事故現場付近に関しては、通学路開設以来いまだかつて危険個所の指摘や改善要望はなかつたこと、また被控訴人は市内を四区域に分け、一区域当り週二回の割合による道路パトロールを続け、補修個所を発見したときは補修し、また住民・自治会からの苦情・要望に対しても殆んどすべて要望に沿つた措置をとつてきたが、本件事故現場付近で危険個所は発見されず、苦情・要望もなかつたことが認められる。すると本件交差点付近において特に管理を怠つていた事実はなかつたというべきである。なお控訴人らは蓋が一枚落下していたのは管理の手落ちである旨主張するが、<証拠>によると、右蓋は事故前二・三日前には落ちておらず、その後本件事故までの間に車両によつて落下されたものと推測されるうえ、右蓋一枚の落下が路面の冠水をどの程度増加させたものかを認めさせる証拠はないから、右蓋一枚の落下と香織の死亡との間に因果関係を認めることはできず、従つて右蓋の整備がなされなかつたことをもつて、事故と関係のある管理の手落ちとすることはできない。

4 控訴人らは、香織の本件転落直前の通行状況は、当然あり得る児童の通行形態として被控訴人において予想すべきであつたと主張する。そして本件道路が通学路であることから、それは小学校一年の児童にとつても安全でなければならないし、児童は成人に比し、好奇心が強く、またその反面恐怖心にかられ不安に陥ることも少くないというべきであるから、通学路の管理者としては、これら低学年の児童の特性を十分把握し、それに対応する管理を行なうべきであつたと解される。しかしながら、<証拠>によると、小学生は学校の指導に従つて地区毎に一定の場所に集合し、集団登下校をしていたことが明らかであるから、一応の交通ルールは理解していたものというべく、従つてこれら小学生の通行実態や前認定にかかる管理実績からみて、被控訴人が、雷鳴に驚き前を見ないで方向を誤り側溝開口部に向つて路肩付近を走る児童のあることを予想しなかつたとしてもやむを得なかつたというべきである。即ち本件事故態様は、悪条件が競合した稀有の事例であり、通常、道路管理者として予想し得ない事態であつたというべく、これに対する対策例えば控訴人の主張するように、本件暗渠南端開口部分に更に三枚位の蓋を設置するとか、転落防止の柵やロープなどが設置されていなかつたからといつて、本件通学路には通常有すべき安全性が欠如していたということはできない。控訴人の主張は理由がない。

5 すると本件通学路及び一一路線には設置又は管理の瑕疵は認められないというべきである。

五以上によると、控訴人らの本訴請求は理由がなく棄却すべきであり、右と同旨の原判決は相当である。

よつて本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(山田義光 井上孝一 喜多村治雄)

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